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旭川地方裁判所 昭和31年(ワ)274号 判決

旭川市旭町二条三丁目

原告

井坂茂

右訴訟代理人弁護士

掘井久雄

被告

右代表者法務大臣

愛知揆一

右指定代理人

宇佐見初男

松邨初太郎

佐藤喜志

後藤勇作

佐藤不二雄

阿部島康夫

右当事者間の昭和三十一年(ワ)第二七四号損害賠償請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し金四万五千五百七十四円七十八銭及びこれに対する昭和三十一年七月二十四日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告、その一を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金百十八万九千三百九十五円及びこれに対する昭和三十一年七月二十四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、

その原因として、

「一、原告はもと上川郡永山町十三丁目の原告所有(登記名義人は原告妻ハツエ)の家屋に居住し、同所において木材売買業を営んでいたが、かねてより旭川市内の営業上便利な場所に移転したいと念願していた。

二、ところが昭和三十年十一月二十四日、旭川税務署長後藤恒(以下旭川税務署長と略称する)は国税徴収法の規定に基き滞納者訴外赤羽操(以下滞納者と略称する)所有の別紙目録記載の不動産(以下本件建物と略称する)を公売にしたので原告はこれを金四十一万一千円で落札し同日売却決定がなされ同署において公売係官から口頭で告知を受け、翌二十五日旭川税務署長に代金四十一万一千円及び登録税として金四万五千六百円に相当する収入印紙を納付した。その際旭川税務署長公売係官は原告に対し、本件建物には訴外伊藤勇が滞納者に敷金三十万円を支払つて賃借し、その他に二名の間借人が居住しているから原告が本件建物から同訴外人等の立退を求めるには同訴外人等に敷金の返還及び相当額の移転料を支払わなければならない旨説明した。

三、ところが、旭川税務署長は同年十二月十六日原告に次のような趣旨の同日付旭総徴第一二七号公売処分取消通知書を交付して、右公売処分を取消した。即ち、「旭川税務署長は、本件建物が昭和二十一年十月に一部改築されたものとしてその価格を見積つたが、滞納者から再調査の請求があつたので調査したところ、本件建物が昭和二十三年十月に新築同様の改築がなされていたことが判明した。従つて本件建物の価格の見積りに誤りがあるから国税徴収法第三十一条の二第三項第三号により本件公売処分を取消すものである。」

四、しかし同月十七日旭川税務署長から原告に右公売取消通知書に誤りがあるから返還願いたとの申出があつたので、原告は同月二十一日旭川税務署に出頭したところ、同署長から「昭和三十年十二月十六日の公売取消処分を取消した。本件建物の引渡は来る十二月二十四日まで猶余してやつて貰い度い。」旨の懇請があつたのでこれを了承し公売処分取消通知書を返還した。しかるに同署長は同月二十九日原告に対し同日付旭総徴第一四四号公売処分取消通知書をもつて、本件建物の公売価格が著しく低廉であるからとして公売処分を取消すに至つた。そして同署長は同日代金四十一万一千円を昭和三十一月五月五日登録税用印紙にかえ現金四万五千六百円をそれぞれ原告に返還した。

五、しかしながら右公売処分の取消は違法である。先ず昭和三十年十二月十六日付取消通知書の理由である本件建物が昭和二十三年十月に新築同様の改築がなされた事実はない。右改築は本件建物の前記賃借人訴外伊藤勇が自分の材料で本件建物の一部分を修理した程度であつて、新築同様の改築がなされたものではない。次の同月二十九日付取消通知書の理由である本件建物の公売価格が著しく低廉であることはない。元来、見積価格決定には公売財産の客観的時価を標準とし、更に公売の特殊性を考慮してこれを定むべく、その最低価格は一般取引価格よりは低廉なることが通例であつて、これが著しく低廉である時に限り違法となるものである。本件においては山田新作成の旭川税務署長宛の鑑定書によると、本件建物の空家である場合の評価額は約百四万円である。しかし原告が本件建物から居住者等の立退きを求めるため同人等に支払うべき敷金三一万円に本件建物の公売代金四十一万一千円を加えると右鑑定価格とほぼ等しい金額となる。従つて本件建物の公売価格が著しく低廉ということはない。かくのごとく本件公売処分の取消はその理由がないのにも拘らず旭川税務署長は滞納者から本件建物の抵当権者訴外照井善吉を介しての依頼により、賃借人訴外伊藤勇に本件建物を譲渡させるために取消したものであつて右取消は違法であり、故意又は過失が存するものである。

六、仮りに右公売処分の取消に理由があるとしても、前記のとおり一度発した取消通知書の返還を要求し且つ旭川税務署長が右取消処分を取消し白紙に戻す旨の言明を為したうえ取消通知書を取り戻したのにも拘らず、改めて再度の取消通知書を発して公売処分を取消したのは、誠に不明朗な措置と言うべく、かかる取消処分は旭川税務署長の故意若しくは過失による取消権の濫用である。

七、仮りに右取消が適法であるとしても、旭川税務署長は、原告が本件建物の公売代金及び登録税印紙を納付した同年十一月二十五日から右取消の日である同年十二月二十九日に至るまでの間、本件建物の所有権移転登記手続を進めることなく、原告をして公売物件の引渡を受けこれに転任する用意を為さしめた。元来公売処分とは公売官公署が税金の滞納者を代理して滞納者の所有物を売却する行為であるから、競落者に対する関係においては私法上の売買契約と異なるところはない。従つて本件公売代金受領の後は、遅滞なくその所有権移転登記手続を為す義務があるのにも拘らず故意にその義務を怠つたものである。もつとも国税徴収法第三十一条ノ二第三号による税務署長は必要と認めるときは滞納処分の続行を停止する権限を有するが、同条の前段に明示するとおり再調査の請求は滞納処分を妨げないのを原則とし、右停止は例外として認められているのであるから右権限の行使は慎重になすべく、権利者である原告に対しては当然その旨を知らしめ損害の発生を防止させる義務がある。しかるに同署長は故意に何の処置も講じなかつたのである。

八、かりに右取消が適法であるとするならば、本件公売処分は違法である。何故ならば前記主張のとおり、本件公売処分の取消は昭和二十三年十月に新築同様の改築がなされていたのにも拘らず、昭和二十一年十月に一部改築されたものと見誤つたためその見積り価格に誤りが生じたこと、或は公売価格が著しく低廉であつたことを理由とするものであるから、その理由にして妥当なものである以上、本件公売処分が違法であることは明らかであり、右見積り価格の誤りは旭川税務署長の過失によつて生じたものである。

九、以上のように、本件公売処分の取消又は所有権移転登記手続の不履行並びに本件公売処分は、公権力の行使に当る旭川税務署長がその職務を行うについて、故意又は過失による違法な行為と言うべきであるところ、原告は右違法な行為により次に述べるような損害を蒙つたものである。

(一) 原告所有の不動産を急いで処分したための損害金二十二万七百五十円。

原告は、本件建物で建材販売店を開業しようとしていたのでこの建物から居住者等の立退きを求めるためには前記公売係官の説明により敷金三十万円及び移転料約三十万円を支払わなければならなかつたので、本件建物を落札後右金員を急いで調達するため、訴外秋葉津和吉の仲介で訴外木村朝日に原告所有の上川郡永山町十三丁目百一番地の一田六反三畝一歩・同番地の四田二反二畝十五歩・同番地の二畑九畝十五歩・同番地の三宅地百十九坪・同番地の三所在家屋番号第七区第八番木造柾ぶき平家建居宅一棟建坪五合同附属木造平家建納屋一棟建坪七坪五合を時価金百万円相当のところ八十万円で売渡した。従つてその差額金二十万円及び仲介人右秋葉に支払つた仲介手数料金一万六千円並びに登記料半額負担金四千七百五十円の損害を蒙つた。

(二) 雑費金六万八千六百四十五円。

(1) 公売代金四十一万一千円に対する利息金一万三千九百七十四円。

公売代金に対する支払の翌日である昭和三十年十一月二十六日から返還の日である同年十二月二十九日まで国税徴収法第三十一条の六により日歩三銭の割合による金員。(右金員は同条の五に所謂過誤納金ではなく従つて同条の六所定の還付加算金とは云えないが、明らかに不当利得金に該当し、しかも本件公売処分が違法であるとするならば民法第七百四条の規定により利息を付することを要する。この利息額は立法の精神から少くとも右過誤納還付金以下ではあり得ないのでこれに準ずべきものである。)

(2) 登録税金四万五千五百九十四円に対する利息金七千三百八十六円。

登録税金に対する納付の日の翌日である昭和三十年十一月二十六日から返還の日である昭和三十一年五月五日まで国税徴収法第三十一条の六により日歩三銭の割合による金員。(右金員については税法の趣旨から現金、有価証券を問わず還付加算金を付すべきであるから前記同様の趣旨によりこれに準ずべきである。)

(3) 不動産登記簿閲覧料金三百六十円。

(4) 永山町十三丁目もと原告方から旭川税務署長間の交通費、一回九十円にて十二回分金一千八〇円。

(5) 旭川税務署に出頭した場合の日当、一日一千円として七日分金七千円。

(6) 代理人安済富士男による公売処分の取消の事情調査のための費用、一日千円として四日分金四千円。

(7) 代理人安済による本件建物の居住者等との交渉費、一日千円として二日分金二千円。

(8) 本件建物で建材店開業準備費金二万一千九百六十円。

建材店開業準備費、一日千円として十二月二十五日から同月二十八日まで十七日分金一万七千円及び右準備のため小樽市在住業者との打合せ旅行代、二回二泊、汽車賃金一千三百六十円・自動車賃金一千二百円・宿泊料金二千四百円、合計金四千九百六十円。

(9) 本件建物への移転準備費金一万八百八十五円。

なお右(4)乃至(9)の費用は昭和三十年十一月二十五日から同年十二月二十九日までの間に生じたものである。

(三) 通常得べかりし利益の喪失金三十万円。

原告は木材売買を営んでいた者であるが、年間を通じ十一月、十二月には年間収益の約二分の一を得られるのにも拘らず、旭川税務署長の違法な行為のため右期間を空費じ何等の収益も得られなかつた。しかし原告の右業務による年間所得金は六十万円であるからその半額三十万円の損失を蒙つた。

(四) 慰藉料金六十万円。

原告は本件に居住して建材販売店を営むため、前記のとおり原告とその家族が居住していた建物を売渡したところ、被告の公売処分の取消によつて本件建物を取得できずまた営業もできなくなつた。そのため原告は業務上の信用をなくすとともに年末に八十二才の老母を抱えて住む家を失い精神的にも多大の打撃を蒙つた。その精神的損害を慰藉するため金六十万円。

十 原告は以上のとおり損害を蒙つたものであり被告はその損害金を賠償する義務があるから、右損害及び訴状送達の翌日である昭和三十一年七月二十四日から完済に至るまで年五分の遅延損害の支払を求めるため本訴請求に及んだものである。」と述べ、立証として甲第一乃至第十五号証を提出し、証人安済富士男・同越智浩治・同坂本秀広・同加藤吉一・同井坂ハツエの各証言・原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告指定代理人等は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、「原告主張の請求原因事実中第一項の事実は知らない。

第二項、第三項の本件建物が公売に付されてから取消しに至るまでの経緯は何れも認める。

第四項の事実中昭和三十年十二月十七日旭川税務署長が原告に対し右取消通知書に誤りがあるとして、返還の申し出でをなし、原告がこれに応じ右書面を返還したこと、同月二十九日原告主張の内客の取消通知書を原告に交付したこと、それにともない旭川税務署長が原告主張の日時にその主張の金員を返還したことは認めるが、同月二十一日旭川税務署長が原告主張のような懇請を行つたことは否認する。同署長は「旭川税務署長としては、昭和三十年十二月十六日の公売取消処分を白紙に戻すようにしたいとも考えているが、そのような処置をとるについてはいろいろ疑義があるので解明したうえ処置したい。」と述べたものである。なお旭川税務署長が原告に昭和三十年十二月十六日付公売処分取消通知書の返還を求めたのは、後記のように同書に国税徴収法第三十一条の二第五項第三号と記載すべきを同条の二第三項第三号と誤記したため、これを訂正するためであつて公売取消処分を取消すためではない。

第五項中山田新作成の鑑告書の記載事実を認めるが、その余の原告公売処分の取消は違法であるとの主張は否定する。公売処分の取消は公売処分が違法であつたので取消したものであつて適法である。本件公売に際し、旭川税務署長が本件建物の価格を見積るについては、この建物の構造・所在・位置・利用状況及び賃貸借その他の権利関係の存否並びに本件建物が昭和二十一年十月に一部改築されている事実などを考慮して、その価格金四十万八千八百五十円と見積つてこれを公告した。そして原告が本件公売に参加して金四十一万一千円をもつて落札したものであるが、滞納者から再調査の請求がなされ、その理由とするところは本件公売価格が不当に低廉である点にあつた。そこで旭川税務署長が再調査したところ、本件建物は昭和二十一年十月に一部改築されたものではなく、昭和二十三年十月に新築同様の改築がなされたものであることが判明した。よつて同署長はこの事実を考慮して本件建物の価格を評定したところ金七十三万四千三百七十三円が適正な時価であると認められるに至つたものである。したがつて本件建物の見積価格は著しく低廉に評価され、しかも公売も不当に廉価でなされているため、かかる公売処分は明らかに違法に滞納者の権利を侵害するものと認め昭和三十年十二月十六日本件公売処分を取消したものである。

第六項について。旭川税務署長が、原告より昭和三十年十二月十六日付公売処分取消通知書の返還を受けたのは先に一言したように同通知書に記載した関係条文の誤りを訂正するためであつて、同署長は誤りを訂正した後直ちに原告に再度交付する考えでいたところ、同月二十一日右通知書を返還に来た原告と同署の係員が面談中原告において右法条の誤りを充分に認識していることを知るに至つた。そこで同署長としては、原告が通知書の誤りを認識しており又本件公売処分の取消処分についてはすでに前記通知書の交付によつて原告に告知されているので、右取消処分の効力が左右されるものではないと考えあえて返還を受けた通知書を訂正して原告に交付しなかつたのである。ところがその後間もなく同署においては、公売処分を取消したのに右のように通知書の返還を受け、原告の手許に取消処分の為された証拠となるべき何らの書面をも交付しておかないことは、あたかも先に為された取消処分を取消したものの如き誤解を招くおそれがあると考え、同月二十九日の公売処分取消通知書を交付することとなつたのである。もともと本書は前記の同月十六日付の取消通知書に代るものであるから、本来ならばその文書の日付、番号等はすべて当初のそれに従うのが相当であつたかも知れないが、右に述べた事情から新たに公売処分の取消処分が行われたのではないことは容易に首肯しうるところである。原告は同月十六日付取消処分が取消されたと主張するが、元来行政行為としての取消処分に対する取消処分は到底考えられない。取消という行政処分はそれ自体独立の行政処分であるが、それは取消されるべき原処分を前提としてのみ行われるものであつて原処分の存在しないところに単に取消処分のみが行われるものではない。原処分が取消されると原則としてその効果は遡及し既往に遡つて原処分が為されなかつたのと同様の状態に復するものであり、従つて一旦かかる状態に立ち至つた以上特別法令に規定でもない限りは取消処分の効果を消滅させる取消処分の取消という行政行為を行うことは許されない。何故なれば取消処分それ自体は原処分でないことは勿論、かかる行政行為を許すことは単に法律関係を無限に複雑にするのみならず合理的理由がないからである。そこで本件についてみるに、国税徴収法によれば公売処分に関しては、別段原処分庁に対し、右のような行政行為を許した規定は存しないのであつて、もともと法に基き法の具体的執行に当る旭川税務署長が、原告主張のような公売処分の取消処分に対する取消という行政処分を行うとは到底考えられないところである。しかして取消通知書の交付は当該行政処分を相手方に告知するために過ぎないものであり又その告知によつてその効力を返生するものであるから、本件公売処分の取消は同月十六日付取消通知書の交付によつて効力が生じているのであるからその後における同月二十九日付取消通知書は何等意味を有しないものである。

第七項について。原告は旭川税務署長は公売代金受領後遅滞なくその所有権移転登記手続に関する措置をすすめるべき義務があるのに拘らず、故意にその義務を怠つたと主張するが、旭川税務署長が原告より公売代金の納付を受けた翌日滞納者より前述のように本件公売処分に対し再調査請求が申し立てられたので、一応原告に対する公売による所有権移転登記嘱託の手続を留保したものである。もし右手続を完了したとしても、右請求についての審査の結果、公売処分が取消されるに至れば、先に為された所有権移転登記の抹消の問題が起りしかもそれまでに本件建物が他に転々と移転され登記名義に幾多の変更を生じているような場合においては一層法律関係が複雑化しこれが解決に多くの困難が予想せられる。加えて本件公売処分にはその公売価格の当否について大いに疑問が存し、不当価格による違法な公売処分と認められる可能性が強かつたので旭川税務署長はこれら諸般の事情を考慮し一応登記手続を留保することにしたものであつて、右以外にこれが手続を留保するにつれて何ら他意はなく、いわんや原告主張のような故意などは全く存しなかつたものである。のみならず旭川税務署係官において登記手続が前示理由によつて遅延することを原告に説明したところ、同人はその間の事情を了解して右遅延を承諾していたものである。

第八項について、本件公売処分が違法であることは右に述べたとおり認めるが、本件建物の価格の見積りについて旭川税務署長に過失がない。本件建物の見積価格の評定に当つたのは当時旭川税務署に勤務していた大蔵事務官越智浩治であるが、同事務官は右評定のため、本件建物の建築年月日、建築後の補修・増築・改築の有無及び程度・建物内外部の構造等を調査するため、前後三回にわたり、本件建物の所有者で、かつ当時この建物に居住していた滞納者を訪ねたが、いずれも同人不在のため面会することができず、また滞納者に旭川税務署に出頭を求めたが応じなかつたので、右調査のため本件建物の内部に立入ることができなかつた。そこで越智事務官は、やむを得ず滞納者の近隣の訴外工藤克己から右調査事項について尋ねたところ本件建物が昭和二十一年十月ごろに一部改築されたとのことであつたのでこの点につき調査すると建物の外部の状況より一応右の供述が首肯されるふしが認められるに至つた。そして本件建物の見積価格を金四十万八千八百五十円と見込評定し、旭川税務署長は右金額をもつて本件建物の見積価格としたのであつて、その価格が著しく低廉に評価されたとはいえ、右のような事情のもとではやむを得ないものであり、同署長に過失があるとはいえない。

第九項の損害発生の事実は否認する。仮に発生したとするも次に述べるとおり本件公売処分の取消との間に因果関係がないか或いは因果関係があるとしても通常生ずべき損害ではない。

(一)の原告所有の不動産を急いで処分したための損害中差額分は、原告が勝手に低廉に売却した結果生じたものであり、又仲介手数料及び登記料も右売却に関連して生じたものであつてともに公売処分の取消との間には因果関係がない。

(二)の雑費について。

(1)公売代金に対する利息について。公売処分の取消によつて公売代金を返還することは当然のことながら、国税徴収法には利息を付して返還すべき現定はない。しかし競落者に対する関係においては公売処分の取消は単なる売買契約の取消であつて民法上の法律関係として律すべきものと解されるから、本件においても当然民法の不当利得の規定が適用されるわけであるが、本件において公売処分が取消されるまでは原告より公売代金を受領するについて法律上の原因を有していたから、仮りに不当利得が成立するとしても、公売処分が取消された日の翌日である昭和三十年十二月十六日以降というべく、かつ同日から被告が悪意の受益者となるに至つたとしても他に特別の規定がない限り民事法定利率によるべきである。

(2)登録税金に対する利息について。公売官公署(以下処分庁と略称する)が登記権利者より登録税等を受領するのは、権利者の請求により同人のために権利移転の登記手続を処理するためであるから、両者の関係は、公売処分による権利移転の登記手続の処理を目的とした一種の所謂準委任の関係で生ずるものと解される。ところで処分庁が登録税の提供を受領した後、公売処分が取消されて登記手続の嘱託ができなくなつた場合は、委任事務の目的が消滅して委任は終了するのであつて、先に受取つた登録税は委任者に返還すれば足り、もし返還するまでの間にこれを利用して利得をしていたならば格別、そうでない限り右金員に利息を附して返還しなければならない義務を負うものではない。したがつて本件についても別段これが受領の時から還付するまでの間、右印紙を利用して利得を得たことは勿論、原告より還付の請求もなかつたのであるから、右返還債務について履行遅滞の責任はなく、従つてそれに対する利息相当の損害金を支払う義務はない。仮りに支払義務があるとしても前記(1)公売代金に対する利息についてと同様民事法定利率によるべきである。

(3)不動産登記簿閲覧料について、この登記簿の閲覧が本件公売参加前における本件建物に関する権利関係の調査であつたとしても、公売公告に際して公告事項として、当該不動産にかかる価格の算定又は権利の取得について買受人があらかじめ了知することが必要とする事項は一般に公告されていたのであるから、買受人として当該不動産について調査する必要も又義務もないのであつて、原告において閲覧料を支出したからとして本件公売処分の取消とは何等の関係もないものである。仮りにかかる調査が公売参加に必要なものとしても、公売に参加すること自体によつて生ずるものであり、公売処分が取消されることによつて生ずるものではないから因果関係がない。

(4)乃至(9)の各損害については、本件公売処分の取消との間に因果関係がない。仮りに因果関係があるとしても、旭川税務署長は原告が本件建物について建材店を開業する目的を有していたか否かは本件公売当時は勿論のこと、その取消しの際においても、全く予見し又は予見することができなかつたものであり且つ開店準備費として原告主張のような費用が生じている等の事情についても同様予見し得なかつたものであるから、かかる費用が生じたとしても特別の事情によつて生じた損害に外ならない。

(三)の通常得べかりし利益の喪失及び(四)の慰籍料については、これらの損害は、右に述べたとおり旭川税務署長として、原告が本件建物を利用して如何なる事業を行うか或いは又原告の家族の状況、特に原告に当時八十二歳の老母が居り、本件公売処分を取消すことによつて原告にその主張のような精神的苦痛を与える等の事情について、当時これを予見し又は予見することができなかつたのであつて、かかる損害は特別事情による損害について賠償の義務はない」と述べ、

立証として、乙第一乃至第四号証・第五号証の一、二・第六・第七号証を提出し、証人越智浩治・同玉田政次・同山田新・同工藤克己・同中川敏彦・同大門英一の各証言を授用し甲第一乃至第五号証・第八乃至第十二号証・第十五号証の各成立は認めるが第六・第七号証・第十三・第十四号証の各成立は知らないと述べた。

理由

一、旭川税務署長が昭和三十年十一月二十四日、国税徴収法の規定に基き滞納者所有の本件建物を公売に付し、原告がこれを金四十一万一千円で入札即日原告を落札者とする決定がなされ、同署において公売係官から口頭で右決定の告知を受け、翌二十五日旭川税務署長に代金四十一万一千円及び登録税として金四万五千六百円に相当する収入印紙を納付したこと、旭川税務署長が同年十二月十六日、原告に対し、「本件公売価格の算定に当つては建物が昭和二十一年十月に改築されたものとしてその価格を見積つたが、滞納者から再調査の請求があつたので調査したところ、昭和二十三年十月に新築同様の改築がなされていたことが判明した。よつて国税徴収法第三十一条の二第三項第三号により本件公売処分を取消す。」旨の同日付の旭総徴第一二七号公売処分取消通知書を交付して本件公売処分を取消したこと、同月十七日同署長が原告に右公売取消通知書に誤りがあるからとして返還の申し出でをなし、同月二十一日原告よりその返還を受け、同月二十九日「本件建物の公売価格が著しく低廉であるので本件公売処分を取消す。」旨の同日付旭総徴第一四四号公売処分取消通知書を交付したことは当事者間に争いがない。

二、そこでまず原告の右公売処分の取消は違法であるとの主張について案ずるに、成立に争のない乙第一号証・証人越智浩治・同加藤吉一の各証言による、本件建物はその公売に当り旭川税務署長の命により同署徴収第一係に勤務する大蔵事務官越智浩治が金四十万八千八百五十円と見積価格見込評定を行い、その評定に基き旭川税務署長が右金額を見積価格として公告したことが認められるところ、成立に争のない乙第三・第四号証・第五号証の一・二・証人中川敏彦・同玉田政治・同山田新の各証言を綜合すると、

(一)  不動産仲介業を営む訴外玉田政治によると、本件建物は空屋の場合百五十万円であるが階下表の部分を賃貸し二階も一部間貸しているので金七十万円位なら買受布望者が居るとのことであり、

(二)  同じく不動産仲介業を営む訴外山田新によると、本件建物中所有者赤羽操が使用中の階下裏十六坪二合五勺を坪当り金一万五千円二階十一坪を坪当り金一万円、階下訴外伊藤某が賃借中の表十五坪七合五勺を坪当り金一万五千円(空室の場合坪当り金三万円とみてその半額)二階十一坪当り金五千円二階間貸の部分十坪当り金五千円計六十九万五千円が本件建物の価格とされ、

(三)  札幌国税局徴税部徴税課に勤務する中川敏彦が公売処分後右公売処分の見積価格の可否を検討するため調査したところによると、本件建物の借地権は金七万六千八百三十円空屋とすれば坪当り金三万二千円とし残価率(建物の耐用年数を百分率で現したもの)四八実測坪数七十二坪七合五勺で金百七十四万千三百四十円であるが居住者が居るので借家権金六十二万円、地代未払金敷金修繕費等を差引き金七十三万四千三百七十三円を相当するということであり、

多少の相違はあるが本件建物の公売当時の価格は大凡金七十万円位であると認められる。公売見積価格が金四十万八千五百五十円であつたことは前認定のように当事者間に争いないところであるが、右価格を算定した越智浩治自身がその証言において誤りを自認しているので、右公売見積価格は客観的な価格ということができず、又原告本人尋問結果によると右公売に際して原告が金四十一万一千円として入札した外訴外照井善吉も入札金額の方が高価であつた事実が認められるが右入札金額はいずれも公告された見積価格を参考として定められたものと推認されるので右入札金額が客観的な時価を示すものとは解することができない。

以上認定される本件建物の価格約七十万円と公売見積価格金四十万八千八百五十円、公売価格金四十一万一千円と対比すると公売見積価格、公売価格は著しく低廉であると言わなければならない。

原告は本件公売価格に賃借人等に支払う敷金、移転料を加算すれば本件建物の空屋である場合の価格は金百四万円相当となり低廉であるとはいえないと主張するが、前掲各証拠によると右評定価格は何れも本件建物を訴外伊藤勇外二名が賃借していた事実をも勧案したうえ算出したものであることが認められるから原告の右主張は採用できない。しかして公売物件が時価相場に比して著しく低廉で公売された場合には、滞納者を侵害するものとして当該処分は違法となり取消すを相当と解されるから、著しく低廉な価格で公売された本件公売処分も違法であつてその処分を取消した本件公売処分の取消は当然な処置というべく違法と認むべき点はない。

三、次に原告の本件公売処分の取消に理由があるとしても、一度発した取消通知書の返還を要求し、且つ右取消処分を取消す旨言明して返還を受けているにも拘らず、改めて再度の取消通知書を発して公売処分を取消したのは取消権の濫用であるとの主張につき判断するに、成立に争のない甲第三号証・証人坂本秀広・同大門英一の各証言を綜合すると、昭和三十年十二月十六日付取消通知書を原告に交付した翌日頃、原告が旭川税務署に出頭し同書の記載条文に誤りがある旨指摘したので、同書に国税徴収法第三十一条の二第三項第三号として記載してあるが、同条の二第五項第三号の誤りであることを発見したので、旭川税務署長は原告に対し誤りを訂正するため通知書の返還を要求し、一旦原告は右要求を拒絶したが、同月二十一日同署に出頭した原告と同署長及び同署係官等が会談した結果同署長に返還したこと、しかして同署長は右通知書の誤りを訂正した趣旨で同月二十九日付取消通知書を原告に交付したことが認められる。しかして右原告と旭川税務署との接衝の経緯において仮に原告主張のように公売処分の取消しを取消して白紙にするというような話がでたとしても未だ公売処分を確定的に取消すことが取消権の濫用であるということはできない。(公売処分の取消を旭川税務署が言明したとの原告主張に副う証人安斎富士男の証言によつて認められる甲第六号証・右証言・原告本人尋問の結果は前掲証人坂本秀広・同大門英一の各証言と対比するときはたやすく信用することができない。)

四、更に原告の仮りに公売処分の取消が適法であるとしても、旭川税務署長は取消に至るまで本件建物の所有権移転登記手続を進めず、その間原告の損害の発生の防止する何等の措置も講じなかつたのは原告に対する義務に違反するものであるとの主張について案ずるに、不動産登記法第二十九条により収税官庁は公売処分による登記権利者のため所有権移転登記手続の嘱託をなす義務があるが、国税徴収法第三十一条の二第三項によれば、再調査の請求は原則として滞納処分の続行を妨げないが、相当の事由ありと認めるときは、税務署長は滞納処分の続行を停止することが出来ることになつている。しかして証人玉田政治・同大門英一の証言によると、右公売後昭和三十年十一月二十六日旭川税務署に滞納者から公売価格が廉価であるとして公売に対する異議申立書が提出され右申立書には同税務署が不動産の鑑定を求めたこともある不動産仲介業者玉田政治の本件建物は七十万円の価格があるとの不動産評価書が添付されていたことが認められるので旭川税務署長として登記の嘱託をしなかつたについて相当の理由があつたものということができる。又同署長が滞納者からの再調査の請求を受理してから公売処分の取消に至るまでの間二十数日間原告に対し右請求のあつた事実を通知していたと認める証拠はないけれどもそれのみをもつて直ちに原告に対する違法な行為ということはできない。よつてこの点に関する原告の主張は採用できない。

五、そこで進んで原告の本件公売処分は違法であり右は旭川税務署長が本件建物の見積価格を誤つたことに基くとの主張につき判断する。本件公売処分が違法であることは前記認定のとおりであるが、成立に争いない乙第一号証と証人越智浩治の証言によると当時旭川税務署の徴収第一係に勤務していた大蔵事務官であつた同人が署長の命により本件建物の見積価格見込評定を担当し借地権を金十万五千七百五十円空屋とすれば坪当り金二万五千円残価率〇、四坪数七合五勺で金七十四万千五百円であるが、居住者がいるので立退料として金二十二万四千二百五十円修繕費二十二万百五十円を差引き金四十万八千八百五十円と見積価格見込評定したこと、同人が右評定のため昭和三十年十月中前後三回にわたり本件建物の所有者で、かつ当時この建物に居住していた滞納者を訪ねたが、いずれも不在のため面会することができず、又滞納者が呼出しに応じなかつたため同建物を賃借りして店舗を開いている訴外伊藤勇等から事情を聴取したところ、本件建物は昭和二十三年頃改築されたとの聞き込みを得たので右店舗の状況を検査してみると古材を使用してあるのが見受けられたのでその頃改築したものと認定したこと、同建物の間取りは同建物に間貸りして居住していた訴外山崎光子が旭川税務署に勤務していた関係から同人の説明を参考にして見取図を作成し、建物の内部にまで立入つて調査したものではないことが認められる。してみると越智事務官は本件建物の調査に当つて建物内部模様については充分見聞していないこととなるのであるが同証言によつて認められるように同建物には同署に勤務している訴外山崎光子が居住していたので、内部からの調査も充分可能であつたわけであるから右調査を試みるとか、滞納者又はその家族につき調査するために更に努力を払うべきであつたし、又見積価格見込評定をするについては周到な注意を払つて客観的な評価をなすように努むべきであつた。しかるにその義務に違反した補助者たる越智事務官の評定に基き不当低廉な見積価格を定めた旭川税務署長はそのため不当低廉に落札された本件公売処分につき過失による違法な処分としての責を負うべきものである。

してみると被告は右旭川税務署長がその職務を行うについて過失によつて原告に加えた損害を賠償する義務があるわけである。

六、よつて原告主張の損害について順次検討する。

(一)  原告所有の不動産を急いで処分したための損害について。

原告本人尋問の結果によりその成立の認められる甲第十四号証・証人井坂ハツエの証言・原告本人尋問の結果によると原告はその主張の土地建物を本件建物に転居するため訴外木村朝日に対し金八十万円で売却したことが認められるが、右不動産が原告の妻ハツエ、或はハツエの母の所有であつて売却代金も同人等の収入となることも又認められる。従つて仮に廉価に売却し損害を蒙つたとしても、それは原告について生じたものと言うことはできない。しかして、右不動産の売買に関して仲介手数料登記料を支出したことは右証拠により認められるが右支出は特別の事情がない限り前記原告の妻或はその母所有の不動産の売却代金をもつて支払われているものと推定されるから、何れも原告の損害と言うことはできない。右各認定事実に反する証拠はない。

(二)  雑費について

(1)  公売代金及び登録税金に対する利息

原告が本件建物公売の翌日である昭和三十年十一月二十五日旭川税務署に公売代金四十一万一千円及び登録税として金四万五千六百円に相当する収入印紙を納入し、同署は本件公売処分の取消にともない同年十二月二十九日に右公売代金を、昭和三十一年五月五日に右登録税用印紙にかえ同額の現金をそれぞれ原告に返還したことは当事者間の争がない。そうすると、原告としては右期間、右金員を違法な公売処分のため自己の用に供することができなかつたものであるから、それに相当する損害を蒙つたものということができる。

原告は右損害は国税徴収法第三十一条の六の規定に準じて日歩三銭の割合の金員であると主張するが、同法は原告も認めるとおり過誤納金に対する還付加算金の規定でその趣旨とするところは、納税者がその納税を遅延した場合には同法第九条により一日三銭の割合の延滞加算金を強制的に徴収されることに鑑み、それに対応し過誤納金のあつた場合には国として同率の割合の加算金を返還しもつて納税者の損害を填補することにあるのであつて、本件の場合に同法第三十一条の六を準用する理由は認められないから原告の主張は採用できない。しかしてその損害の額については民法所定の年五分の割合によつて計算するのが相当であるから、公売代金四十一万一千円については原告主張の昭和三十年十一月二十六日から同年十二月二十九日まで、登録税金四万五千五百九十四円については原告主張の同年十一月二十六日から昭和三十一年五月五日までの年間五分の割合即ち前者につき金一千九百十四円二十三銭、後者につき金一千五円五十五銭の損害を蒙つたものと認める。

(2)  其の他の雑費

原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は

(イ) 本件建物を担保として金融を得んがため訴外安斎富土男をして本件建物の登記簿を閲覧させ、その閲覧料三百六十円を支出したこと。

(ロ) 昭和三十年十一月十五日から同年十二月二十九日までの間、もとの住居であつた旭川市永山町十三町目から旭川税務署に三回(原告は十二回と主張するが右事実は認められない。)出頭した交通費として一回九十円を支出したこと、

(ハ) 前記安斎をして本件建物の居住者等と立退きの交渉をさせ同人にその費用として金二千円を支出したこと、

(ニ) 本件建物で建材店を開業するためその準備として小樽市在住の業者と打合せるため同市に二回にわたり赴き交通費、宿泊料等四千九百六十円を支出したこと、

(ホ) 公売処分の取消しにより本件建物に転居することができず当時現住していた家屋も売却したため、旭川市大町八丁目に転居していたが、その際移転費として金一万八百十五円を支出したこと、

がそれぞれ認められ、他に右事実に反する証拠はない。

(ヘ) 原告は公売処分の取消の事情調査のための費用として金四千円支出したと主張するか、原告本人尋問の結果によるもその認定に足りず他に右支出を認むべき証拠はない。

以上認定した支出の中(ロ)の支出は公売処分のために要した費用であり、(ホ)の支出は本件建物を落札すれば当然同建物に転居するものと考えられしかも前認定のように公売処分の取消しまで相当期間存したのであるからその間に現住家屋を売却し転居の準備が整うことも又通常のことであるから原告が転居するのが止むなきに至つた費用は違法な公売処分による損害と認められる。

なお原告は前記(ロ)の旭川税務署に出頭した日当として一回につき一千円と主張するが、前掲証拠によつてみられる諸事情を考慮して一回につき五百円が相当であると認める。

従つて原告は旭川税務署に出頭した費用として金一千七百七十円並びに移転費用として金一万八百八十五円の各損害を蒙つたものと認められる。

しかして(イ)、(ハ)、(ニ)の各支出は公売処分により通常生ずべき費用とは認めがたく、又かかる出費について旭川税務署長において予見し又は予見し得たものであるとの特段の事情を認めるに足る証拠がないから、公売処分が違法であつたため取消され右支出が不要の出費となつたとしても、右損害について被告は賠償する義務はない。

(3)  通常得べかりし利益の喪失について、

証人井坂ハツエの証言・原告本人尋問の結果によれば、原告は本件公売処分当時木材売買業を営んでいたが、違法な公売処分或はその取消などにより、当時右営業に専心従事することができなかつたこと、木材営業は、冬期間に山林から材木の搬出があるので、十一月、十二月には年間を通じ相当の取引が行われることなどが認められるが、右期間の取引による収益が年間収益に対し、具体的にどの位の比率になるのか、当時の原告の右営業による年間収益額については何れも右証拠をもつてするも認めることができずその他これを認める証拠もなく、原告主張の損害額を確定することができない。のみならず仮に損害額が認められるとしても、右損害は違法な公売処分又はその取消により通常生ずる損害ではなく、特別の事情によつて生じた損害と云うべきであるが、右特別の事情を旭川税務署長において予見し又は予見し得べきであつたと認むべき証拠はない。従つて原告の右主張は理由がない。

(4)  慰藉料について

証人井坂ハツエの証言・原告本人尋問の結果によると、原告は、本件建物に居住して建材販売店を営むべく、居住していた建物を売渡したところ、公売処分の取消によつて、右営業もできず業務上の信用を喪失するとともに、年末に八十二才の老母をかかえて住む家を失い精神的に多大の打撃を受けた事実を認めることができるが、右各事実による損害は本件違法な公売処分或はその取消により通常生ずる損害とは認めらず、又右各事実を旭川税務署長において予見し又は予見し得べきであつたとする証拠もない。しかしながら公売処分に参加し落札するときは、通常その建物に転居して居住することを予想されるところであり本件において前認定のように公売処分とその取消までに二十数日を要しその間原告が現住家屋を売却し転居の準備を整え、取消についても旭川税務署と接衝しており精神的苦痛を蒙つたことが認められるから被告はこれを慰藉すべき義務があるものといわなければならない。しかしその額は前掲各証拠によつて認められる原告の経歴、職業、家族等諸般の事情を考慮して金三万円が相当であると思料する。

よつて原告の蒙つた合計金四万五千五百七十四円七十八銭の損害は旭川税務署長の過失ある違法な公売処分により生じたものと認められるから右金員及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三十一年七月二十四日より完済にいたるまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当としてこれを認容し、その余の部分はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴法第八十九条、第九十二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村瀬泰三 裁判官 田中永司 裁判官官地英雄は転勤につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 村瀬泰三)

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